むかしのお話です。
城川村の千谷川、今のお神明さまの近くに三星屋酒店がありますが、そこに酒杉という杉の木がありました。この杉は萬治元年(一六五八年)に地主が生垣として植えたものが残ったのだそうですから、その頃からすれば樹齢二六〇年くらいのもので、そう古いものではなく、大きさも周囲一丈(約三メートル)に足らず、高さだって二〇間(約三六メートル)あるかなしかで、その木じたいは特別に珍しいものではありませんでしたが、ただこの杉の幹から酒が湧いて流れ出たのでした。
大正五年の末でした。ある朝起きてみますと、杉の幹にさけ目が生じたのです。「おかしいなァ」と思っているうちに、ブクブクと音をたてて白い水気のものが流れ出ました。
「変だなあ、おかしいなあ」と、ためしににおいをかいでみますと、一種のにおいがします。なめてみますと甘味があって酒のようでした。それが一日五、六回は出るのです。翌年の正月までには二斗(約三六リットル)くらいは流れ出たそうです。
杉から酒が出るというのでたちまち近郷近在の評判となり、日に約三〇〇人の見物人があったといわれています。その杉の持主は酒屋さんでした。酒屋の杉の木から酒が出るとはこれはめでたいと、大喜びに喜んだが、その後いつの間にか酒はでないようになってしまいました。
しかし、一体杉からどうして酒などが出たのでしょう。不思議に思わぬ者はありませんでした。ある物知りは、
「杉の木は酒屋にある。それも酒蔵の近くにある。酒蔵の酒がいつの間にか土にしみこみ、それが杉にすわれ、再び酒となって流れ出たものである。」とあごをなでて講釈しましたが、聞くものに判ったような、判らぬような顔をしていました。それからその杉を「酒杉」というようになりました。
昭和五十三年のことです。片貝の浅原神社の社殿が新装になりました。それからいくらもしない夏のことです。境内の杉の木からブクブク水が出てきました。なめてみるとにおいもあり甘味もあり、まさに酒です。
これは両方とも全く同じことなのですが、自然現象のひとつで、酒の原点といってもよいものだと思います。